
ワールドカップ、見ていますか。
日本はブラジルに1対2で負けました。残念でしたね。終盤まで粘ったものの、最後に勝ち切ったのはブラジルでした。そのブラジルも、次のラウンドでノルウェーに1対2で敗れています。
サッカーは、ひとつの結果から物語を作りやすいスポーツです。強かった。采配が当たった。誰かが外した。誰かが止めた。試合が終わった瞬間から、いくらでも語れてしまう。
けれど、本当に知りたいのは、その結果がどれくらい再現するかです。同じ試合を10回したら何回勝てそうだったのか。あのシュートは何回に1回入るものだったのか。結果だけを見ていると、この部分が抜け落ちます。
僕はサッカーに詳しい人間ではありません。完全ににわかです。それでも、昔より中継に出る数字が増えたことには気づきます。支配率、シュート数、走行距離、パス成功率。試合後の記事にもデータが並ぶようになりました。
野球にはセイバーメトリクスがあり、『マネー・ボール』があります。サッカーについては、僕がすぐ手に取れる体系的な読み物があまり思い浮かびませんでした。そこで、『サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか』 と 『サッカーはデータが10割 最強アナリストが明かすプレミアリーグで優勝する方法』 を手がかりに、サッカーのデータ活用を調べてみました。
意外だったのは、入口で使われている考え方がかなり基本的だったことです。試合を数え、条件を分け、結果を確率で表す。その数字を、監督やスカウトの判断につなげる。
難しい手法を使う前に、とらえどころのない出来事を予測できる形で書く。サッカー分析では、そこから予測と判断が始まっていました。
サッカーはなぜ数字にしづらいのか
野球は投手と打者の対決に分けやすい。バスケットボールは得点が多く、1試合の中にもたくさんの試行があります。サッカーは90分プレーしても、両チーム合わせて2、3点しか入りません。『サッカー データ革命』に出てくるイングランドのリーグ戦では、1試合の平均得点は約2.66点でした。
1本のシュートがポストに当たって外れる。キーパーが少し触ってコースが変わる。ディフェンダーの背中に当たったボールがゴールに入る。たったそれだけで、勝ち点3が勝ち点1になったり、勝ち点0になったりする。
データの言葉で表せば、サッカーは実力に対して偶然の揺れが大きい。良いチームが毎回勝つわけではなく、悪い試合をしたチームが必ず負けるわけでもない。だから、最終スコアだけではチームの強さやプレーの良し悪しを測りにくいのです。
鉛筆とノートで始まったサッカー分析
サッカーに統計を持ち込んだ初期の人物が、チャールズ・リープです。1950年、スウィンドン対ブリストル・ローバーズの試合で、彼は鉛筆とノートを使ってプレーを記録し始めました。パス、クロス、シュート、その距離や方向、結果と位置。今ならイベントデータと呼ぶものを手で分類していたのです。
生涯で記録した試合は2200を超えました。平均ではシュート9本につき1ゴール。パス成功率はおよそ50%。ほとんどの攻撃は、何本もパスが続く前に終わる。1968年にはバーナード・ベンジャミンと、サッカーにおける技術と偶然を扱った論文も発表しています。
問題は数字の読み方でした。
ここで数えているパス本数は、パスの距離ではありません。味方がボールを持ってから、シュートを打ったり相手に奪われたりして攻撃が終わるまでに、何本のパスがつながったかです。
リープのデータでは、攻撃の91.5%が、パスが4本以上つながる前に終わっていました。ゴールも、9回のうち7回はパスが3本以下の攻撃から生まれていました。そこでリープは、パスを何本もつないで前へ進むより、後方から相手ゴール前へ長いボールを蹴り、少ないパスで一気に前へ運ぶほうが効率的だと考えます。これがロングボールを重視する戦い方です。
ただ、多くのゴールがパス本数の少ない攻撃から生まれたからといって、その攻撃の得点確率が高いとは限りません。そもそも、パス本数の少ない攻撃が圧倒的に多いからです。
仮に、パス3本以下の攻撃が1000回あって10ゴール、4本以上つないだ攻撃が100回あって3ゴールだったとします。生まれたゴールは前者のほうが多い。でも、攻撃1回あたりの得点確率は1%と3%で、後者のほうが高くなります。回数が多いことと、成功しやすいことは別です。
ゴール数を 、攻撃の試行回数を
、1回あたりの得点確率を
とすると、
パス本数の少ない攻撃からゴールが多く生まれていても、大きいのは試行回数の かもしれません。戦い方を比べるときに知りたいのは、1回あたりの得点確率
です。
1回の攻撃でつながったパスの本数を とします。パスが1本つながった攻撃、2本つながった攻撃というように分けると、それぞれのゴール数は次の式で表せます。
はパスが
本つながった攻撃の回数、
はその攻撃1回がゴールになる確率です。パス本数の少ない攻撃は回数が多いため、
が大きくなり、結果としてゴール数の
も大きく見えます。リープが主に見ていたのは
で、戦い方を比べるときに知りたいのは
でした。数字があっても、分母を間違えれば結論は逆になります。
リープの仕事は、サッカーを数える道を開きました。同時に、数えることと、自分の仮説を数字で疑うことが別の仕事だとも教えてくれます。
コーナーは本当に大チャンスなのか
『サッカー データ革命』は、得点直後は失点しやすい、ポゼッションは高いほど良い、といった通説を数字で検査しています。なかでも分かりやすいのがコーナーキックです。スタジアムは大きく沸きますし、ハイライトではコーナーからのゴールを何度も見る。かなり得点に近いプレーに思えます。
本書では、StatDNA社のデータを使い、2010/11年シーズンのプレミアリーグ134試合、1434本のコーナーを調べています。コーナーからシュートが生まれたのは20.5%。コーナー5本で、やっとシュート1本くらい。そのシュートの89%はゴールにならない。
コーナーから得点するまでを、シュートが生まれる確率と、そのシュートが決まる確率に分けてみます。
記号の は「その条件のもとで」という意味です。シュートが生まれる20.5%に、決まる確率のおよそ11%を掛けると、コーナー1本から得点する確率は約2.2%になります。プレミアリーグのチームがコーナーから得点するのは、平均すると10試合に1回ほどでした。
この数字を見ると、コーナーの見え方が変わります。チャンスではある。でも、観客の熱狂ほどにはゴールに近くない。むやみに大きな選手を上げてカウンターを受けるくらいなら、ショートコーナーでボールを保持する判断もありうる。
観客が感じる大チャンスと、実際の得点確率には距離がありました。使ったのは、出来事を二つに分けた条件つき確率です。
プレーの順番と場所がデータになった
リープの時代から半世紀ほど経つと、データ会社が試合中のプレーを細かく記録するようになります。イベントデータです。誰が、どこで、どんなパスやタックル、ドリブル、シュートをしたのかを残します。
1997年には、リチャード・ポラードとリープがプレー戦略の有効性を測る論文を出していました。現在のxGやポゼッションバリューにつながる発想です。『サッカーはデータが10割』では、イアン・グラハムが2007年ごろからOptaのイベントデータを使い、欧州5大リーグや欧州大会の選手を評価していく様子が描かれています。
シュート数や支配率の合計だけでなく、どこで何が起き、そのあと何が起きたかを扱えるようになった。データが点の集計から、順番と条件を持った記録へ変わったのです。
観測対象は、ざっくり言えばこう変わっていきます。
| 時代 | 主なデータ | 見えるもの |
|---|---|---|
| 手書き集計 | シュート、パス本数、攻撃回数 | 何が何回起きたか |
| イベントデータ | パス、シュート、タックル、位置、状況 | どこで何が起き、その後どうなったか |
| トラッキングデータ | 選手とボールの連続的な位置 | ボールを持たない選手と空間 |
何を記録するかが変われば、答えられる問いも変わります。モデルを選ぶより前に、観測の設計があります。
xGは「惜しかった」を確率にする

現代のサッカー分析でよく知られている指標がxGです。日本語ではゴール期待値と呼ばれます。そのシュートがゴールになる確率を表し、シュートの特徴を とすると、次のように書けます。
はゴール、
には距離、角度、体の部位、守備者の圧力、オープンプレーかセットプレーかといった条件が入ります。過去のシュートと結果を使って、条件ごとの得点確率を推定します。
入口として使えるのがロジスティック回帰です。
が距離や角度などの特徴、
がそれぞれの重みです。特徴に重みを掛けて足し、その値を0から1の確率へ変換しています。ロジスティック回帰は線形回帰そのものではありませんが、データサイエンスの初学者も早い段階で触る基本的なモデルです。シュート位置と結果があれば、最初のxGは作れます。
モデル名より難しいのは、何を特徴として記録し、リーグや選手の偏りをどう扱うかです。推定した確率を監督や選手が使える形にする仕事も残ります。サッカーのような大きなビジネスでも、価値の出発点は、曖昧だった出来事を確率で表せるようにすることでした。
xGは観測できた情報から作る推定値です。守備者やGKの位置を使えるか、リーグ差をどう扱うか、モデルをどう校正するかで、同じシュートの値も変わります。
『サッカーはデータが10割』では、30ヤード、およそ27メートルからのシュートがゴールになる確率は約1%と説明されています。ペナルティエリア内なら10%、ペナルティマーク付近なら20%、ゴールエリア内なら50%ほどまで上がる。
同じシュート1本でも、遠くから無理に打った1本と、ゴール前でフリーになって打った1本はまったく違う。シュート数で10対5だから優勢、とは簡単に言えません。大事なのは、どんなシュートを打ったかです。
チーム単位では、各シュートのxGを足します。
0.1のシュートを10本打てば、合計xGは1.0。これは「同じ質のシュート群を何度も再現したら、平均で1点くらい入る」という意味になります。
各シュートの結果を、成功確率 のベルヌーイ試行と考えると、実際の得点数
は次のように書けます。
合計xGだけを使って試合の得点を大まかに見るなら、 と置き、ポアソン分布で近似する方法もあります。
なら、無得点が約37%、1点が約37%、2点以上が約26%です。合計xGが1.0でも、無得点は珍しくありません。期待値が1点だからといって、毎回1点入るわけではないのです。
xGが便利なのは、結果と内容を分けられるところです。
イアン・グラハムの本には、2019年のチャンピオンズリーグ準決勝、リバプール対バルセロナの例が出てきます。リバプールは第1戦を0対3で落とし、第2戦で4対0の大逆転をした。記憶に残る奇跡の試合です。
グラハムの分析では、この試合のxGはリバプール2.0、バルセロナ0.9ほどでした。内容ではリバプールが上回っていた。ただし4対0という点差には上振れもあった。奇跡という呼び方を否定せず、そのどこが薄い確率だったのかを分けて見られます。
xGからキーパーとパスの評価へ
通常のxGは、シュートを打つ前の状況を見ます。同じxGが0.3のシュートでも、枠外ならキーパーは何もしなくていい。正面なら止めやすく、ゴール上隅なら難しい。この違いを見るのが、シュート後ゴール期待値のPSxGです。
通常のxGに、シュートの軌道を加える。グラハムの本では、30%のシュートでも、枠外なら0%、キーパー近くなら10%、上隅なら90%のように変わると説明されています。
普通のセーブ率だけを見ると、正面の弱いシュートをたくさん止めたキーパーが高く評価されるかもしれない。逆に、止めようのないシュートばかり受けたキーパーは低く見える。PSxGを使うと、どれくらい難しいシュートをどれくらい止めたのかに近づける。
キーパーの貢献は、受けたシュートのPSxGの合計から、実際の失点を引けばいい。
がプラスなら、そのキーパーは受けたシュートの難しさから期待される以上に止めている。マイナスなら、止めるべきものを止められていない。
シュートだけでも、打つ前と打った後を分けると評価が変わります。パスやドリブルは、さらに難しい。多くの選手の貢献はシュートにもアシストにも残らないからです。
サイドバックが敵陣深くへパスを通す。ボランチが相手のプレスを外して前を向く。センターバックが相手FWを引きつけて逆サイドへ展開する。どれも重要ですが、ゴールにもアシストにもならないことが多い。
そこで使われるのがポゼッションバリューです。似た考え方にExpected Threat、xTがあります。
ピッチ上のある状態 を、そこからゴールに至る確率で表します。
には、どこでどちらのチームがボールを持ち、どんな状況にあるかが入ります。その状態から、ボールを失う前にゴールできる確率を推定します。
プレーの価値は、プレー前後の差で測ります。
グラハムの例が分かりやすい。自陣中央付近でボールを持っている状態からゴールが決まる確率を0.4%とする。相手ゴールエリアの隅でボールを持っている状態のゴール確率を1.7%とする。
このパスが通れば、ゴール確率は0.4%から1.7%へ、1.3ポイント上がる。パスを出した選手は、チームの得点する確率をそれだけ動かしたと評価できます。
失敗してボールを失えば、少なくとも の分を失います。実際のモデルでは、相手に渡したあとの失点確率も差し引くため、危険な場所でのミスはもっと重くなります。
パスが通る確率を とすれば、成功と失敗を合わせた期待価値も計算できます。
は通ったときに増える価値、
は失ったときに減る価値です。バックパスは成功確率が高くても、ゴールへ近づく価値は小さい。相手のラインを越す縦パスは失敗しやすくても、通ったときの価値が大きい。
成功率だけなら、挑戦しなかった選手が高く見えます。期待価値で見たいのは、どれくらいのリスクを取り、ゴール確率をどれだけ動かしたかです。
同じことはボール支配率にも当てはまります。自陣で安全な横パスを回している60%と、相手ゴール前で何度も崩している40%は、同じ土俵では比べられません。
『サッカー データ革命』では、アーセナルとストーク・シティの対比が出てきます。アーセナルは高いポゼッションを持つチーム。ストークはボール保持率が低く、ロングスローやセットプレーを武器にするチームだった。ある試合では、アーセナルが75%のポゼッションを持ち、パス成功も大きく上回ったが、ストークが勝った。
グラハムの本には、ポゼッション率は低くても危険なポゼッションの割合が高かったアトレティコ・マドリードの例も出てきます。ボールを持った時間より、持っている間にどれだけ得点へ近づいたか。ポゼッションバリューは、その差を測ろうとしています。
ボールを持たない選手と空間を測る

イベントデータはボールに触ったプレーを記録します。けれど、裏へ走ったのにパスが出なかったFW、相手のパスコースを消したCB、プレスが一歩遅れたMFは記録に残りにくい。トラッキングデータは、選手とボールの位置を連続して記録し、こうした動きも分析対象にしました。
選手とボールの位置を、1秒に何十回も記録する。『サッカーはデータが10割』では、イベントデータが1試合約3000点なのに対し、トラッキングデータは300万点を超え、ポーズデータまで入れると9000万点に達すると説明されています。
ここで使われるのがピッチコントロールです。ピッチ上のある地点を、どちらのチームが先に使えるかを確率で表します。いちばん近い選手が有利とは限りません。少し遠くても全速力で走っている選手なら、近くで止まっている選手より早く着くかもしれない。
地点 をチームAが支配できる確率
を表しています。
は、選手の位置、速度、向きなど、その時点で観測できるデータです。
地点 にチームAの選手が最も早く着く時間を
、チームBを
とします。考え方を単純な式にすると、次の形です。
Aの方が早ければ はプラスになり、Aの支配確率は1に近づきます。
は到達時間の不確実さを表します。実際のモデルはもっと多くの条件を使いますが、発想の中心は到達時間の比較です。
面白いのは、この流れに日本の研究が関わっていることです。グラハムの本では、中京大学の滝、長谷川、福村による1996年の研究が紹介されています。彼らは、選手の動作分析とチームワークの定量評価に取り組み、距離に選手の動きを加えて、どの領域を優勢に支配しているかを計算した。
その後、ウィル・スピアマンが不確実性を組み込み、リバプールのピッチコントロールやポゼッションバリューの基盤へつなげました。
ゴールを数えるところから始まった分析は、シュート、パス、空間へと対象を広げました。ボールに触らず相手の選択肢を消した守備も、少しずつ測れるようになっています。
モデルがクラブの判断に入るまで
イアン・グラハムはケンブリッジ大学で物理学の博士号を取り、後にリバプールのリサーチ部門を率いました。彼らのモデルの中心にあったのは、そのプレーがゴール確率をどれだけ動かしたかという問いです。シュートだけでなく、パスやドリブル、ボール奪取、スペースの守備も同じ尺度へ近づけます。
このモデルは、補強にも使われた。サラー、フィルミーノ、マネ、ファビーニョ、ワイナルドゥム、ファン・ダイク、マティプ、ロバートソン、アリソン。2019年にリバプールがチャンピオンズリーグを制したとき、決勝の先発11人のうち9人が、グラハムの分析モデルの助けで獲得された選手だったとされています。
モデルが選手を自動で選んだわけではありません。スカウトが見て、分析部門が測り、スポーティングディレクターが交渉し、監督が受け入れる。クロップが来る前のリバプールでは、分析結果があっても現場とうまくつながらない場面がありました。
モデルを作っただけでは判断は変わりません。誰が、いつ、何を決めるときに使うのか。そこまで設計して初めて、分析がクラブの仕事に入ります。
移籍市場でも、データは選手についた評判を疑う材料になりました。有名なのがモハメド・サラーです。サラーはチェルシーで出場機会を得られず、プレミアリーグで失敗した選手というラベルを貼られていた。ただ、ローマでは高いパフォーマンスを出していた。グラハムの本では、ローマ最終シーズンのサラーが90分あたりゴールまたはアシスト0.94を記録していたと紹介されています。センターフォワードではない選手としてはかなり高い。
リバプールは2017年に3700万ポンドでサラーを獲得した。同じ夏、アーセナルはラカゼットを4650万ポンド、チェルシーはモラタを5800万ポンド、マンチェスター・ユナイテッドはルカクを7500万ポンドに追加条件つきで獲得している。後から見れば、サラーは明らかに割安だった。
データは、チェルシーで出られなかったことと、プレミアリーグで通用しないことを切り分けました。
出場機会、競争相手、監督の好み、チームの戦術。失敗に見える結果には、選手本人の能力以外の理由が混じります。
移籍が難しい理由は、掛け算で考えると分かりやすい。うまくいくには、いくつもの条件が同時にそろう必要があります。 番目の条件がそろう確率を
とすると、全部そろう確率はこうなる。
選手の能力、健康、監督との相性、戦術へのフィット、既存選手との競争、性格や適応、年齢。どれかひとつでも大きく外れると、移籍は失敗する。掛け算だから、低い項がひとつあるだけで全体が引きずられます。
グラハムの本では、6つの条件がそれぞれ70%でそろうとしても、全部そろう確率は 、約12%になる例が出てきます。8つの条件をそれぞれ92%とかなり高く見積もっても、
。全体では5割ほどです。
現実の条件は独立ではないので、この掛け算は単純化です。それでも、移籍の難しさをひとつの成功率で済ませず、能力、健康、戦術との相性などに分けて点検する意味は見えます。
データが増えるほど、間違い方も増える
データが増えても、サッカーがすべて分かるわけではありません。20試合だけのキーパーデータで実力を決めれば、上振れや下振れを能力と誤解します。サッカーは得点もセーブも少ないので、極端な数字が次には平均へ戻ることも珍しくありません。
獲りたい選手が良く見える指標だけを探すこともできます。指標を何十個も並べれば、どこかで目立つ選手はいくらでも見つかる。データを使っているようで、実際には先に決めた答えを飾っているだけです。リープが陥った問題は、データが増えた今も残っています。
グラハムの本では、候補を絞るには重要な指標を絞る必要があると書かれています。リバプールでは、パス、ドリブル、シュート、ボール奪取、スペースディフェンスのようなカテゴリーで見たゴール確率の増減と、キーパーのセーブ率に集中した。
数字を増やすより、どの問いにどの指標を当てるかを決める方が難しい。サッカーに限らず、事業KPIでも同じです。
基本的なデータサイエンスから始められる
分析したい対象と、最初に使える道具を並べます。
| 見たいもの | 最初に使える考え方 |
|---|---|
| 得点や勝敗 | ポアソン分布、回帰、シミュレーション |
| シュートの質 | 二値分類、ロジスティック回帰 |
| キーパーとシュート精度 | PSxG |
| パスやドリブルの価値 | 状態価値の差分、期待値 |
| スペース支配 | ピッチコントロール |
| 移籍後も再現するか | 類似選手探索、リスク分解 |
ロジスティック回帰、ポアソン分布、期待値、シミュレーション。どれもデータサイエンスの基礎で触れる道具です。プロクラブが扱うデータ量や実装には難しさがありますが、入口は身近です。
シュートなら入る確率、試合なら結果の分布、パスなら得点確率の変化を見る。出来事を確率過程として記述できれば、基礎的な道具で予測と評価を始められます。
手を動かすなら、公開されているイベントデータで十分に始められます。
たとえば StatsBomb Open Data には、試合、イベント、ラインアップ、一部の360データがあります。僕なら、まずシュート位置と結果から小さなxGモデルを作ります。各シュートのxGを足し、試合結果をシミュレーションする。次にピッチを格子へ区切り、パス前後の状態価値から簡単なxTを作る。この順なら、基礎的なデータサイエンスをサッカーの問いへつなげられます。
試合を見るときの問い
ワールドカップを見るときに、数式を頭の中で計算する必要はありません。シュート数より、どんな場所から打ったかを見る。支配率より、どこでボールを持っていたかを見る。パス成功率より、そのパスが何を壊そうとしたかを見る。
ボールを持っていない選手にも目を移すと、パスを受けなかった走りや、相手の選択肢を消した守備が見えてきます。試合後には、同じ内容を10回繰り返したら何回勝てそうだったかを考える。1対0というスコアの奥に、別の試合が見えるようになります。
データはサッカーを冷まさない
サッカー分析は、リープが鉛筆で試合を数えるところから始まりました。数字の読み方でつまずき、分母を見直し、シュートを確率に変え、パスや空間まで測るようになった。変わってきたのは手法だけでなく、ひとつの出来事として何を記録するかでした。
だから、サッカーのデータサイエンスはプロクラブだけのものではありません。公開データからシュートの確率を推定し、試合結果を分布の中へ置くところから始められます。
ワールドカップのような短期大会では、運の影響がもっと大きくなります。1本のPK、1回のVAR、1人の怪我、1つのミスで、国の評価まで変わる。日本がブラジルに負けた残念さも、そのまま残ります。確率で見る補助線があると、負けた試合をただの負けで終わらせずに見返せる。どこまでが内容で、どこからが揺らぎだったのかを考えられます。
データは、ゴールの瞬間の興奮を消しません。あのシュートがどれくらい難しく、あの逆転がどれくらい珍しく、ボールに触れなかった選手が何を消していたのかを、あとから見せてくれます。
感情で見た試合を、あとから確率で見返す。その二度目の見え方が、サッカーのデータサイエンスの入口なのだと思います。















